私が経験した仕事達 ファーストフード、居酒屋、美容院

今まで、仕事やバイトを含めて数多く仕事をした。

始めてやった仕事はファーストフード店、ポテトやハンバーガーサラダやデザート沢山の種類の持ち場を経験しました。ポテトは、最初油で焼く時油が飛び散り腕をやけどしたりした、だんだんと慣れていって、上手に美味しくポテトが焼きあがる事が出来るようになりました。ハンバーガー、サラダ、デザートは元々出来あがった物をお出します、袋につめて、素早くお客様に出すコツを掴むまで少し時間がかかりました。スムーズに出せるようになった時はお客様の笑顔を貰えて、心の奥底から喜びがこみ上げました。マイクで注文を取るようになると、お客様の伝えたいメニューを聞きとる事に集中しました。ポテト何個、ハンバーガー何個、ドリンク何個。お待たせ致しました。お気をつけてお帰り下さい。仕事が一つ一つ終わると嬉しかった。

席を綺麗に片付ける事も業務の一つです。席のテーブル、イスをふきんで拭いて、テーブル、イスを揃える。床の拭き掃除、ガラスの掃除。お店入口付近の掃除。店内が綺麗になると嬉しく仕事をするのが楽しくなりました。美味しいポテト、ハンバーガー、ドリンクを店内で食べるお客様の会話に笑い声が響くと掃除が綺麗に出来て良かったな。
と思いました。また再来店して頂いたお客様がいると、また美味しい物を作ろうと頑張る目標が出来ます。

 

次にした仕事は居酒屋。たこわさ、お刺身、トマト、コチジャン、きゅうりの浅漬
、砂肝、なんこつ、冷奴、だし巻き、牛すじ煮込み、串カツ、つくね、手羽先、じゃこわかめ、五色なっとう、オムレツ、豚の角煮、天ぷら、ささみ、大根サラダ、きんぴらごぼう、あん肝、あさりのバター煮、ジャーマンポテト、ブリの照り焼き、なす漬、えだまめ、チャーシュー、レバニラ炒め、おでん、イカの塩辛。沢山のメニューの料理補助、店内の食事の品出し、常連さんの接客を週4時間位しました。

 

居酒屋は「いらっしゃいませ。」「ありがとうこざいました。」「またお越し下さいませ。」など、声をだして接客します。笑顔もトークも重要。味はもちろん重要。お客さんが込み合う時は、大変な部分もありますが、美味しかったとお帰りの際に言われると、嬉しいです。

居酒屋に来られるお客さんは、仕事でお疲れの方や、恋人同士でこられる方、ご夫婦の方、ファミリーで来られる方、色んな方がいらっしゃいます。この日本の沢山お店がある中で、このお店を選んで頂いて、美味しい物を食べて帰られる時が嬉しいです。

 

次の仕事は、製造業、流れてくる電子レンジの電源チェックや、冷蔵庫、洗濯機の検査、細かい部品の組み立てチェックや、加工など、をやっていました。製造業は、細かい技術が必要で、確実な製品を完成させる為、精神面をしっかり持って仕事に取り組む事が必要です。従業員みんなの協力と、技術が一つになった時いいものが出来上がります。設計図を見て、設計図とおりに、製品を作り、完成品は良い物となりました。設計図には、ここを、こうやって、などは書かれていません。そのままの物が書かれています。手の技術も必要。細かい物を作るので、細かいところを作りあげるように、考える事も大切となってきます。

 

次の仕事は、コールセンター。お客様のお話を聞くお仕事。悩みや、こまっている事。謎な事。1日70件位の内容や、声を聞き答え、話す。自分の声も、透き通り伝わるように。コールセンターは顔が見えない分、色んな事に気をつけないと、いけません。お客様の心の声、本当はどんな事を伝えたかったのか、お客様の困っている事は何なのか?沢山のスタッフのいる中で、他の社員のコールトークを聞きながら、仕事をするのは、なかなか難しい事です。中にはクレームや、不満、苦情。もあります。
途中で、電話を切られる事も。精神面もしっかり持って、業務にのぞんでいましたが、難しいお客様対応もありました。やってみて分った事。お客様にありがとう。またお願いね。と言われる喜びと、不満を沢山ぶつけられたが、最後には、解決した、よかった。と言われた感動を体験出来ました。すごく良い経験だったと今でも思います。

 

次の仕事は美容室。この職場では、5回店舗移動を、しましたが、それぞれのお店に特徴があり面白かったです。始めのお店は店長、副店長が、京都のすごい有名なお店で店長を務め、自元に帰って来て働いて、いた店舗でした。その人カラーのお店といっても間違いないでしょう。スタッフもその店長に似た方ばかりでかなり我が強かったです。


実は私、気が小さい方だったのでこのお店でかなり鍛えられました。そのおかげで、美容全般のノウハウは習得出来たのですが、やはり店長の我が強いのでお客様からの
クレームも多かったです。店長・副店長とスタッフのぶつかり合いなど多々ありまして、そのフォローをするのが大変な店舗でした。先輩は厳しく、我は、強かったですが、勤務が終わると、バーや居酒屋、ナイトカフェなど、わりと高めな、お店につれて行って頂き、ごちそうになりました。


次の店舗は店長は優しく母のような方で、すごく働きやすい職場でした。つねに
彼女のフォローがあったので、すごく働きやすかった事を、今でも覚えています。顧客は、ほぼ、裕福な家庭の方が多く、平均落としていかれる、金額は、20000円位。シャンプーや、ベッドスパ、ハンドマッサージをする時など緊張でした。その心配をよそに、お客様は穏和な方が多く、「新人さん。?頑張ってね。」と新人に間違われながらも、頑張りました。商品のシャンプーや、トリートメント、ヘアケア商品もおすすめの結果購入して頂き。自分の商品バックは沢山頂く事が出来ました。新人さんもわりと沢山入ってくる店舗だったので、新人さんと一緒に成長しながら、仕事が出来ました。店長がスイーツが好きとゆう事で、よくケーキを買ってきては、スタッフ全員にごちそうしたり、スタッフ全員で、ユニバーサルスタジオジャパンに、店長の半分おごりで、旅行に行った事も、ありました。この店舗は今でも、また働けたら働きたいなと思う店舗でした。

 

次の店舗は店長が少し変わった方で、沖縄に住んでいた事がある?とかで、お客様も店長が、少し変わっている方なので、ユニークな面白い方が
多く、中でも、海外旅行に良く行かれるお客様が多かったです。そのせい?
か、客層も、外人の方、中国、韓国、モンゴルと、色んな国の方が多く、髪質が固かったり、天然パーマが強かったりと、施術するのが大変でした。言葉もなかなか伝わらないので、ある時スピードランニングや、韓国語を勉強したりも、しましたが、あまり役にたたず、なんとなく、雰囲気で、伝える事で、接客術は成功しました。仮装をされて、来店されるお客様や、メイクをして来店される男性お客様、色んなお客様がいらっしゃいました。このお店はちょっと顧客が多い事と、スタッフが多い事で、テレビで取材され、放送されました。他には、芸能人の蓮佛美沙子さんが来店されたり、しました。売り上げも良く、みんなで、旅行に行ける位、目標売り上げ金額を上回事が出来たので、旅行に行きました。この店舗は、人生観が変わるくらい、経験が出来た店舗でした。

 

次の店舗は凄く忙しい店舗で、予約なし、1日50人近くお客様が来店される店舗でした。
もちろん従業員も多く、ほぼ、お昼ご飯が夕方位になるほど、忙しく、行列が出来るほど、お客様が並ぶ日もありました。シャンプーして、ブローして、カラーして、パーマして、あっとゆう間に1日が終わる。そんな忙しい日々がしんどい時もありましたが、やりがいがあり、心地よく感じました。


店舗前半の業務、受付や店内のスタッフ管理、顧客情報の管理すべてを任され、フルに仕事が出来て、自分のスキルアップに繋がりました。hairキャンペーンの多いお店だったので、キャンペーン情報のDMや、チラシ、ポップに乗せる撮影など、経験出来ました。スタッフは顧客が多いとあってカットの技術は高く、指名のお客様も多かったです。


次の店舗は、東京で働いていた方が店長さんのお店で、東京での生活や、暮らしなど、沢山の話を聞かせて頂きました。東京のお客様はどんな人だったか、東京の町や、お店にの周りにはどんなお店があったか?など、東京で働いていたとあって、指名のお客様は多く、彼女の話を聞く事を楽しみして、来店される方もいらっしゃいました。スタッフは女性が多かったので、女性ならではの、フンワリした活気がありました。私は、この店舗でチラシの広告や、ブログ管理などを任されました。カットや、カラーパーマも時々お手伝いをしていましたが、ほぼ、店舗の材料、集客、接客などの管理をしました。この美容室は、約20年間勤続しました。今は退社しましたが、凄く沢山の事を学べた場所だったと伝えたいです。

 

今現在は専業主婦。9歳と4歳の先生的母親風に、日々を過ごしています。子育てという仕事は、今まででしてきた仕事の中で一番面白く楽しい仕事です。

25才で都市銀行をやめた

やめた理由は自分には金融業は合っていないと感じたから。

独身時代に大阪府下の中小企業の面接を受けた時、結婚の予定を聞かれたことです。従業員が少ないので、産休や育休で長期休業されるのは困ると言われたことがあります。同じタイミングで、県内の某寺の事務職の面接でも、同じことを言われました。ちょうどその頃、結婚を前提にお付き合いしている方がいたので、その旨をお伝えしたところ、その場で「ご縁がありませんでした」と言われました。「こんなことってあるのか」と、憤りながら帰路についた思い出があります。

とても腹が立つ対応でしたが、正直にお伝えして良かったと思います。その時受けた企業は、どちらも小さな職場なので、もし真実を隠して受かった先に産休や育児を申請したところで、理解は得がたいと思うからです。なので、「そんな職場はこちらから願い下げ!」と気持ちを切り替えて、次々と新しい職場を探しました。結果的に、出産や育児に理解のある職場に出会えたので、執着せずに気持ちの切り替えたことが良い結果へと繋がったと思います。

転職を考え始めた時に、とりあえず転職エージェントに登録はしていましたが、上手く使いこなすことができませんでした。あとは、情報量が膨大だったので、新卒の就活のように、今の仕事の傍ら新しい情報を上手く処理することができませんでした。

飲食業の正社員からの転職を成功させるために

転職活動に励んだ元飲食業の正社員

飲食業の正社員である今現在の自分が違う職業へと転職としてみたら、何が変わるんでしょうか。飲食業の正社員もとてもいいと思いますが、気分を変えてみるとしたら?飲食業での経験もとても貴重なものとなります。食事に気を使った人間になっていることでしょう。人の健康を気遣える人は面倒見もある程度良かったりもします。そういった部分を生かして色々と考えてみますと、ファミリー的な関係をビジネス状でも結べるようなタイプの職業に転職してみるのもありかと思ったりもしました。そしてギャップ変えで何と「Executive Assistant 役員秘書」という職業に転職してみようかという結果に至りました。正社員という立場はまずキープしておきます。それから、硬派なイメージを自分に植え付けるんです。似て非なる飲食業の正社員と役員秘書ですが、役員秘書の職業に必要なスキルは主に以下のようになっております。

 

●それぞれの社長の為の多忙なスケジュールの管理能力

●旅行や出張の手配能力

経営管理上の特別なリクエストの手配能力

 

この部分だけを見てみますと例え過去にどのような職業に就いていようとも、これらに関して優れた能力を持った人はいくらかいらっしゃいます。

 

しかし企業はより業務に特化させるために、

 

●役員秘書経験7年以上を持っている人

●学位の取得

●語学能力

 

といったようにその転職のための門を狭めてくるんです。

ただ、飛躍的な企業様などは経験をして考えが固まっている人よりも、全く違った職業からの転身者を好むようなところもあります。

それは企業自体が何か知らないことを学びたいという好奇心を持っていることもあるからです。自分の今までの経験や知識を新しい企業の皆様に教えて差し上げることだってできます。もし、前職が飲食業の正社員として転職されたのだとしましたら、当然飲食関係の物流や会社などとのつながりや知識があるわけですから、社長様方の健康を考えたメニューを考え出したり、社員の皆様にご自身の知っている情報を提供して差し上げ日常的な利益とすることだって可能だと思うんですね。全く今までと違った仕事に就くのは簡単なことではもちろんありませんが、考え方やアイデアでうまくいくことだって多々あります。頑張りましょうね。

 

保険業界(代理店) 転職は辞めたいときが始め時、プロにお任せするのも成功のひとつ

わたしにとって仕事とは人生かけての勉強で正解は最後まで見つからない、です。

 

保険代理店をやめたのですが、勤めていて嫌だったところは、人間関係・長時間勤務・ノルマです。

人間関係ですが、来店型保険代理店に勤めていたのですが、働いている人たちは女性が多く、元外交員経験者がほとんどでした。未経験者や新卒からすると、ベテラン元外交員と一緒に働くことは厳しいものでした。生保外交員とは、とても特殊な働き方だと思います。会社員でもなく、自営でもなく、「全てが自分都合で動く」といった感じです。そのような経験がある人たちと会社という組織の中で働くことは、とても疲れます。「自分都合のルール」と「会社都合のルール」の間に挟まれるこちらは、右ではこう言われ、左ではこう言われる。どちらの指示に従っても間違っていると言われます。店舗での勤務時間も長く、シフト制ではありましたが人手が足りず、離職者も多いため、一人ひとりの負担が多すぎました。上司の問いに忖度して答えると否定され、自分の意見を正直に伝えても否定されます。その罵倒されるのも、見せしめのようにスタッフ全員の前で否定されます。

何を答えたところで否定され、人格否定までされたところで、見切りをつけ退職を決めました。

実際におこった私生活への影響は、シフト体制が不規則な生活になり体調が悪くなりました。シフトが午後から勤務だったとしても、突然誰かが休みになると朝一番に連絡が入り、こちらの都合は考慮してもらえずに強制出勤です。人手不足ですから、休みも自由にとれません。そのおかげで、親類の冠婚葬祭に出席できず、残念な思いでした。

退職することなくずっとその仕事を続けていたとしたら、心身ともにおかしくなっていたと思います。皆同じ状況で働いているのだから、あなただけがその環境ではない。と、言う人もいると思いますが、そう言えるのは、上に立っている人たちだから言えることです。つまり、上司や幹部たち。社長に気に入られている人たちのことです。なぜなら、その人たちの「自分都合ルール」で、部下たちがそれに従い仕事をするのですから。上司たちは、自分にとって都合のいいルールで毎日仕事をしているわけですから、何の支障もありません。むしろ快適な仕事環境で営業成績は順調に上がっていきます。そんな、矛盾した無秩序さを見ていてうんざりしました。生保外交員の独特な空気です。その空気にも馴染みたくなく退職を決めました。気がおかしくなりそうで、私生活でも常にイライラする毎日が続きました。理由もなくイライラして、何かにせかされている感じでした。

その業界の仕事に就いた理由は、「業界」を意識して選んだわけではなということです。仕事の内容が前職と似ていたから選んだ、というのがその職に就いた理由です。働くきっかけは、派遣会社からの紹介です。コーディネーターから、前職の経歴に似たような業種として、そこを紹介してもらったことが、保険業界の代理店でした。保険業界は初めてでしたが、前職でカウンター受付営業の職歴があり、それに似たような仕事内容だったため、という理由で紹介されたのです。こちらも、「保険」という業界は全く気にしておらず、仕事内容を聞いて「できるかな。」という感じでそこを選びました。

職探しを自分で探すのではなくプロに見つけてもらったことが、転職を成功させた秘訣だと思っています。自分で探すにも、何から手をつけていいのか分かりません。履歴書・職務経歴書を新卒の頃のように書く初々しさもありません。派遣会社に登録すると、自分自身をコーディネーターが企業へうまく売り込んでくれます。こちらがすることは、企業との面談当日に「身ひとつ」で挑むことです。

それでも苦労したことは、経験したことのない業種を希望すると、年齢なども関係し紹介してもらえる企業が少ないということでした。希望したのが、一般事務職です。特別な資格も必要なく、経験も必要ないと思っていました。ですが、だからこそ希望者も多く、離職者も低い職種なため、求人募集があまりありません。そうなると、30歳を過ぎていて事務経験が全くない場合、紹介してもらえる企業があまりありません。ですから、最初に紹介された企業へまずは面談を受けに行く!と決め、迷わず面談を受け採用となりました。

女で同業界への転職となると、面接で聞かれる内容がいつも同じです。どれぐらい勤めようと考えてますか?結婚の予定はありますか?などです。今では、こういった内容を面接で聞くことは避けられていると耳にしますが、企業側にとっては抑えておきたい内容だと思います。なので、こちらもそれは良く分かります。ですから、こちらも正直に、「今のところは」と前置きし、結婚予定はありません。「今のところは」長く勤めたいと考えています。と答えています。面談を受けているときに、「女ってラッキーだなぁ」と感じたことは、愛嬌です。聞かれる質問に対しても、難しく考えずに笑顔で答える。それさえできればOKだなぁ。と感じました。

 

転職して前職から比べると、シフト制ではなく定時が決まっています。休みも土日のため、私生活の予定が組みやすくなりました。それが、仕事と日常のバランスをとるにはとても良かったと思います。しかも、「会社ルール」で物事が進んでいくため、感情論に振り回されることがありません。1+1=2という、正しい算式で正しい答えが返ってきます。それが、とても働きやすかったです。前職は、女性の多い職場でしたが、転職先は男性社会の業界でした。たまに、その男性社会が女性にとっては理不尽に思える環境もありましたが、合理的にことが進んでいくことは、何よりも快適さを感じます。男と女という、性別の違いでお互いに納得し合えることもありました。かつ、性別の違いでお互いを尊重し合えることもありました。私生活よりも仕事の時間の方が大半を占めていましたが、それでも仕事の時間が安定すると、体は疲れていますが、心は潤います。そうなると、私生活での情緒も安定し、その充実感がまた仕事へと活かされるようになっていました。とてもいいサイクルが出来上がっていったことが良かったです。

 

31で転職したのですが、年齢と職務経験を考えると、転職はわたしには無理と相談されたことがあります。そこで答えたのが、転職したい理由が今いる業界がイヤなら、その環境から抜け出すことは必要ではないのか?と。今の環境から抜け出すことに、年齢とこれまでの経験は関係ない。と伝えました。働こうと思えば、年齢不問で働けるところはたくさんある。選り好みして、あれもイヤこれもダメと言っているだけでは何も始まらない。辞めたい辞めたいと言っているけど、本当に辞めたいと思っている?本当に辞めたいのなら、先ずは口より手足を動かすことが一番。と伝えました。あとは、何とでもなると言い、実際にわたしは何とでもなったから、と付け加えました。

 

辞めたい理由が何なのか、転職の目的をはっきりさせることが大切だと思います。人間関係がいやなら、どこの業界でも人間関係での悩みはつきものです。その業界が好きな場合は、転職自体を見つめ直すこともひとつです。ただ、どうしても環境を変えたいのであれば、また同じ業界を選べばいいのですが、世間は狭いです。同じ業界に転職すると、かならず前職と接点がある可能性があります。そんな時に、お互いいやな思いにならないように、辞めるときはキレイに辞めることが大切です。イヤな辞め方、礼儀のない辞め方をしないように気を付けた方がいいです。そのような辞め方をすると、ありもしない内容を色々なところで言いふらされます。それが、女性社会の空気です。特に保険会社関連の場合は、横のつながりがとても強く噂はいっきに広がり、会社を変えたところでありもしない噂がずっとついて回ります。ですから、辞めるときは、グッとこらえて良い辞め方をすることをおススメします。

サービス業界の中の飲食業界におけるお金と時間と幸福

現在24歳、当時は18歳だった頃始めたアルバイトの時給は、都内ではございましたが900円にも満たない、そんな時期でした。飲食業界にかかわらず、多くの企業が端くれの現場の人間に対して求めることは『お客様第一』の言葉です。

お客様第一、お客様のため、お客様の喜ぶ顔。見返りはお金ではなく自己満足のために働いている。故に、よほど老舗のレストランでない限り、本社勤務に成り上がらない限りアルバイト、社員の給金が上がることはありません。会社のポリシー、お店のコンセプトを至る箇所で見聞きいたしました。売上金目標達成によって得られるものは『お客様からの温かい言葉』です。賃金が上がることはありません。

サービス業利用者様が皆様揃って目をそらしているものの1つに、有給制度があります。飲食業界はよほどの大手企業でない限り社員はもちろん、アルバイトに有給は付与されていません。もちろん付与されていますが、使用許可を得ることはかなわないものです。これに関しては、ほとんどの業界あるあるです。流石に監査が入ると会社に不利益になるため、老舗レストランであっても、社員は有給を使用し、仕事に来ていました。

昔ながらの日本だなとつくづく感じます。時代錯誤だと。多少まともで、多少道徳的な仕事はあるだろうと思い、業界を辞めました。

 

そもそも業界を続けていた理由は、単に情があったが所以です。情は悔しいことにお客様に対する、ともに働いていた仲間に対する情です。本社勤務の方や社員に対する情は特ありませんでした。しかし、拘束時間12時間はゆうに超え、無論某電気関係巨大企業のように残業時間(そもそも残業という概念はありませんが)がさしあたりおよそ200時間を超えたあたりで、脳がレッドブルを飲むのをやめるよう躰に刺激を与えました。『働くな。眠れ』と。私はタフな方ではありますが、今でも同様の環境で働いていたらおそらく今私が見ているのはこのテキストを打っている画面ではなく病室あるいは実家の天井だったことでしょう。

 

サービス業界で働いている中、縁があって結婚いたしました。主人もまた飲食業で勤務しており、まだ小さなお店ではありますが、徐々に顧客を掴み売上を伸ばしているようです。会社からの見返りが帰ってくるのはいつになることでしょうか。いつまでも代わらない、ただただ達成感と自己満足を積み重ねていくだけの日々になるのでしょうか。

転職先は形は違えど、お客様対応に変わりはありません。接客する立場からクレーム処理をする立場に変わりました。正反対の立場になりましたが、私の経験してきたものや、お客様の思いなどは十二分に理解しているので、仕事ははかどります。何よりも、賃金が倍に上がりました。躰を駆使して働いた結果、得られるものはお金です。お客様からの感謝の言葉もいただくことはありますが、特に感情はありません。お金があれば心に余裕が生まれる。だから続けられる。ストレスが溜まったとしたら、それはお客様に対するストレスではなく自分自身の不甲斐なさなどに対するストレスです。それは、お金を持って解決することが可能となります。

 

転職期間はおよそ2ヶ月。

 

最終的に働かせていただいた飲食店では、店長が大変寛容な方でした。職場を離れるならば最低でも2ヶ月より前には告知が必要がおそらく社会としてのマナーと思いますが、私はその時『転職を考えています。明日から次に変わる人間を一年掛けて探して下さい』と伝えました。苦労したことは純粋に、今に至るまで培った経験がどこで活かすことができるのかを調べたことのみです。常連様にご相談させていただいたり、助言を頂いたりしました。結果、一ヶ月で次の職場が見つかり、残りの一ヶ月間で当時勤めていた職場に来た新人に仕事を教えることで、私のサービス業界のすべてが終了しました。様々なお店を見て、様々な人々と出会い、嫌いな人も好きな人も増えました。ずいぶん濃い日々を過ごしてきた割に、終わりは大変あっけないものです。今までが苦労していた分、転職は難しくありません。ただのウェイトレスが、会社の中のデスクで画面と向かって仕事をすることができる。その一歩はなんら、難しいものではないのです。

女の転職で痛感したのですが、先述したように、既婚者であったが故に、面接官から『出産予定は』と聞かれることは多々ありました。年齢も若く、考えていないと回答してはいましたが、アルバイトや派遣社員、当然社員だとしても既婚の女性であればその手の質問は必ずくるものです。不快に感じました。特に女性から聞かれたときは、とても複雑な感情が湧いて出ました。相手が男性だった場合、聞き方にもよりますが憤りを感じることはありません。相手が女性だったからこそ、なんとなく、俗的に言えば『裏切られた』といった感情を持ってしまったのだと思います。

 

社会のマナーとして辞めるときははっきりと上司に報告します。ただ、引き継ぐものがあれば、必ず今持っている仕事の責任を果たすべきです。果たすつもりだと伝えることも大事です。しかし、万が一にも『辞めるなら代わりの人間を連れてこい』と言われた場合は、本社に報告するなど適切な行動を取るしか方法はありません。サービス業界の中でも飲食、その中でもコーヒー、バー、様々に枝分かれしますが、業界は大変狭いものです。悪い噂は一瞬で広がります。正しい手順で退職するべきです。

24才で転職 自分が願えば必ず出会える素敵な仕事

嫌だったこと

外資系のホテルだったので仕事に対して男女平等なところが多いです。外資系といっても、フランチャイズのホテルだったので従業員もぎりぎりの状態で仕事を回していたところがあります。仕事は、フロントだけでの仕事ではなく、予約、客室、駐車場、レストランすべてができていないといけない状態でした。フロントの日勤の仕事に慣れると、女性でも夜勤をするのは当たり前の状態になります。夜勤をするのはいいのですが、ひどいときには一か月すべて夜勤の状態が続くのです。さすがに夜と昼の生活が逆転して体調を崩すようになりました。生活のリズムが一般企業の反対の生活、不規則な生活なのです。わたしは、子宮内膜症になり注射を打ちながら、生理をとめて副作用で体がほてっている状態で夜勤の仕事をしていました。しかし、この先10年後、この仕事を続けられるかどうかを冷静に考えたとき無理だし、自分の体を犠牲にしてまで価値があるのかどうか考えてやめました。

このまま続けてたら

もし、このまま外資系のホテルのフロントの仕事を続けていたら、私の私生活はめちゃくちゃになるでしょう。自然な体の体調に合わせて仕事をするのではなく、病院に通ういながら、不自然にも女性特有のの生理を止めてまでやる意味があるのか。それもその注射は保険もきかないので、一回の注射代は約2万円近くかかりました。これを半年以上行い、仕事を続けてもらえた給料はというとほんとに雀の涙程度ですよ。世間から見て、外資系のホテルで勤務して入ればけっこうお給料ももらえるかとみられるかもしれませんがとんでもない。ただの肉体労働が多く、実際にもらえる給与はOLより少ないです。夜勤をやっても、一人暮らしできるかできないかくらいの給与ですよ。とにかく私生活では、接客業なので土日休みではありません。一般企業に勤めている友達と会おうとしても、休みも合わない状態です。夜勤の時は、仮眠もほとんどとれないので肌荒れもひどいものでした。皮膚科に通いました。

転職先

私が転職した業界は、システム開発です。業種は、総務と経理の仕事です。経理の仕事は、どの企業でも専門的なものなので必要とされている仕事です。一般事務だけで仕事を探した場合、将来企業に必要とされないと思ったからです。経理の仕事は、デスクワークなので夜勤もないですし、専門性も高いのでさらに自分にとってもスキルアップにつながると思ったから経理の仕事を選びました。それと同時に総務の仕事がひととおりできればどこの企業に行っても求められる人材だからです。

転職のコツ

転職を成功させるためにしたことは、とにかく自分の自己アピールです。未経験者でも自分がどれだけその企業に入りたいかとか、会社にはいったとき自分はどういうことができるのかを語りました。あと、その職種で必要な専門的な資格の勉強も欠かさずしていました。試験も受けました。私は、転職をするときは前の会社を辞める前に転職活動をしました。もし、前の会社を辞めてしまってから探すとなるとその後の生活もお金も不安になるので確実に次の転職先を見つけてから辞めるようにしています。これは、年上に方に教わったことです。現状のまま、次の仕事を探すことをおすすめします。もし、次の転職先によい返事をもらえないとしても、以前の仕事を続けている状態なので精神的に安定しています。あとは、企業によって、自分との相性もあることを忘れないでください。わたしだったら、経理の仕事をしたいと思い会社を探します。経理はどんな職種でも必要な仕事です。なので、業界によって合う合わないもあります。

苦労した・・・

転職活動で感じた、女だからだなぁと思った点は、終電には乗れない仕事はできないなと思いました。私の転職先は、システム開発のしているところです。ここでわたしは、システム開発プログラマーなどではなく、経理を希望しました。システム開発の仕事を選んいたとしたら、仕事の納期が迫ると泊まり込みの作業となります。ざらに1週間は家に帰れません。シャワーを浴びて、仕事に戻る状態です。会社に缶詰状態なのです。プログラマーを選ばなくてよかったです。

転職してかわったこと

転職が成功して私生活は、ガラッと別世界へと変わりました。前の仕事をしていたときに比べて、給与もかなりアップしました。精神的には、デスクワークなので目の疲れなどはありますが、体力的な面ではかなり楽になりました。もちろん、夜勤のありませんし、土日休みでほとんど残業のない仕事だったのでアフターファイブも充実していました。友達と一緒にご飯を食べにいく時間もできました。そして、都内に転職したので、一人暮らしを生まれて初めてやりました。自分のペースで誰にも邪魔されずに自立した生活ができたので、すごく充実していました。心も体も満たされている状態です。給与も以前よりもよいですが、贅沢はできずに節約を身に着けることはできました。自分が我慢強くなったし、自分の中で余裕もできてきたので、人に対して優しく接することができるようになりました。転職ひとつでこんなにも人生が変わるとは以前は夢にも思いませんでした。積極的になりました。

もし、誰かが私だからできただけと言って来たら、そんなことないよと返しますね。だって、はじめるまえから何事もあきらめてる状態では無理です。できることとできないことはあります。しかし、なにもしないで気持ちが前向きだったら何事も進まないじゃないですか。仕事に就くときは、みんな未経験なので恐れないことです。それでも、自分がやりたいしたい仕事に対してどれだけ打ち込めるかで人生変わってきますよ。まずは、行動が大切です。そして、打たれ強くなることです。自分に厳しくなることです。

転職活動で気をつけたこと

業界、職種を辞めるときに注意すべきことはきちんと自分が納得したうえで止めるかどうか、自分が次に何をしたいのかときちんと考えてら辞めるべきだと思います。ただ、つらいからやめたいとかやる気がないからやめるという理由では後で自分が後悔します。自分が選んだ仕事なら向き合って、試行錯誤して解決策を探して実践したけど、やっぱり無理だったならいいと思います。とにかく、次の目標を見つけてからでもやめるのは遅くないと思います。

 

自分の時間を取り戻せ!残業をなくす解決法3選

 

あなたは定時退社をして、仕事終わりに自分の好きなことをする時間を作れていますか?

この質問で「定時退社なんてしばらくしてない」と答える人は多いと思います。

特に独身の人は、自分の時間があるからこそ、定時を過ぎても仕事をやり続けてしまうという人もいるでしょう。

また、業務が圧迫していて定時退社どころではないと思う人もいるかもしれません。

そんな定時難民のみなさまに、残業が少しでもなくなるためのヒントをお届けします。

 

残業の原因は個人のスキルと悪しき風習

定時で帰りたいのに残業してしまう原因は何でしょうか?

主に日本の企業に勤めるサラリーマンは、他の国よりも残業が多く労働時間が長い傾向にあります。

その答えの軸は2つ存在します。

原因その1 個人のスキル不足

なぜか仕事が片付かなくて残業になる。

なぜかやるべき仕事があとで出てきてしまい残業になる。

そういう人もいるのではないでしょうか。

定時退社に向けて一生懸命やっているにも関わらず一向に業務が終わらないことや、あとから大事な仕事を思い出したりして、仕事に働かされている人は仕事をする上での時間短縮の技術が不足しています。

 

原因その2 日本人が古くから受け継がれている「努力」と「自国愛」

残業する人=自社愛を持って努力を惜しまない人と評価する風習を持つ企業はいまだ存在しています。

特に設立年数が長い企業には現れやすい特徴とも言えます。

日本人は古くから「努力」と「自国愛」に注力し尊重してきた人種です。それは現代社会でも残業という形で残っているということです。

また、この風習により定時退社することに対しての罪悪感が刷り込まれてしまい、いざ定時退社しようとすると自分だけ何か悪いことをしているのではないかという気持ちを抱く人もいるのではないでしょうか。

このように日本にいるからこそ、働き方や就業への気持ちが歪んできてしまうのです。

 

では、これらの原因を踏まえた上でどのようにすれば残業を少なくできるのか、見ていきましょう。

 

残業解決法①「ショートカットキー以外のショートカットも使う」

仕事のスピードが遅く、残業になってしまう人の特徴は「なんでも1から始める」です。

みなさんは仕事で使うデータやフォルダはデスクトップのどこにありますか?

例えば、ワードを使うにしても、スタートボタンからクリックして、アプリケーションの一覧から探して開くということを毎回していては、時間が勿体ないです。

よく使うアプリケーションはショートカットを作ってデスクトップに置くか、Windowsであれば「タスクバーにピン止めする」という機能をつかって、アプリケーションを固定しておくことをおすすめします。

また、よく使うフォルダはエクスプローラ内の「クイックアクセス」にピン止めしておくとフォルダをダブルクリックしていく回数も少なくなります。

ショートカットキーはよく知られていますが、そういったファイルやデータでのショートカット技もこなせばかなりの時短になるスキル技です。

塵も積もれば山となる、は時間でも当てはまります。どんどんショートカットを開拓していきましょう。

 

残業解決法②「チームワーク戦法」

自分の仕事だと思って仕事を独り占めしているのは、実は残業を増やすほかにも、会社にとって致命的な行為でもあるのです。

仕事というのは、組織があって行われることで、その組織も小さなチームがあってこそ作られています。

本来ならば分担して行うべき仕事を自分ひとりでする行為は、チームメイトのスキルアップの機会を奪っていることと同じです。

つまり、将来的な会社の成長を自分が奪っているのです。

これを理解できれば、自分ひとりでやらないといけない仕事はそうでないと気づけます。

仕事をチームで取り組む提案を怖がらずにしてみてください。

残業解決法③「目には目を、風習には風習を」

実際、残業をすることなく定時で帰る人を疎ましく思う従業員は必ず存在します。

しかし、そのごくわずかな人たちのために残業をすることは論理的ではありません。

ここは思い切って、定時退社をしてみましょう。

最初の1週間は周りから「なんで定時に帰るの?」と言った不振の目を向けられるかもしれません。

しかしあなたはそれに対して笑顔で挨拶し退社するのです。

会社の風習を変えることは難しいですが、自分自身の風習はすぐに変えることができます。

勇気を出して、定時退社をしてみましょう。

 

これからは生産性と効率の時代

上記の解決法は、ごく当たり前のことのように思えたかもしれません。

しかし、いざ自分の立場になったとき、

「なんだかファイルを開くのに手順が多いな」

「なんで私ばっかり仕事しているのだろう」

「定時だから帰りたい」

と思うシチュエーションは多いはずです。

これからの社会は、人が時間に追い越されてしまう時代へ変化していきます。

AI技術が進歩し、私たちが手順を踏んできたことは一瞬で済まされ、マルチタスクはものの数秒で処理されていきます。

そんな時代だからこそ、私たちは人としての生産性と効率の改善を追い求めなければなりません。

AIの持つ時間は無限ですが、私たちの持つ時間は有限です。

どうか残業という自分の時間ではない時間を少しでも減らし、自分自身の幸せを追い求める時間を作ってみてください。

きっと、残業よりももっと価値のある時間になるに違いありません。